【教則本レビュー】The Latin Bass Book

概要紹介

 本書は、Afro-Cuban の Tumbao を中心に、Latin American Music におけるベース・ラインを、総合的に取り扱った教則本です。300ページ近い大著で、ベース専用の教則本としては、最も「濃い」書籍の1つ、と言えるでしょう。
 大きく分けて、5つのセクションにより構成されています。すなわち、① Tumbao 、② その他の Afro-Cuban 、③ Brazilian 、④ Caribbean & South American 、⑤ Latin Jazz 、という構成です。
 全体における構成のバランスは、Afro-Cuban(①+②)が 2分の1 、Brazilian が 4分の1 、Caribbean & South American が 4分の1 、Latin Jazz はオマケ、という具合です。すなわち、Afro-Cuban(特に、丸々1セクションを割く Tumbao )に、重点が置かれています。
 ラテン・リズムにおいて、Afro-Cuban と Brazilian が二大巨頭です。しかし本書において、Afro-Cuban セクションは基礎から丁寧に解説が成されている一方、Brazilian のセクションは、「いきなり応用」です。Brazilian を中心に学びたい学習者は、他の教則本を用いて、特に基礎的な情報を、補う必要が有るでしょう。
 なお、掲載されている譜面は、全て五線譜のみです。

基本情報

◾ 書名 : The Latin Bass Book  A Practical Guide
◾ 著者 : Oscar Stagnaro & Chuck Sher
◾ 出版社 : Sher Music Co.
◾ 出版年 : 2001年
◾ 日本語版 : 『 ザ・ラテン・ベース・ブック 』(エー・ティー・エヌ、2003年)

基本的な構成

 本書は、「リズム・パターン」を示し、「その練習曲のベース譜」を示す、という構成を取ります。練習曲は、計66曲(!)が用意されています。
 読者は、 Oscar の模範演奏を聴き、トランスクライヴ譜を通じて模倣する事で、各練習曲の土台となるリズム・パターンを、体得していくのです。
 なお、それぞれの模範演奏は、2-4分の長さです。そのトランスクライヴ譜を全て掲載しているのですから、本書の圧倒的なヴォリュームも当然です。

主著者 Oscar Stagnaro について

 とにかく巧い! 演奏内容が極めて明晰で、とても聴き取り易いです。良い意味で、「 The お手本」というベーシストだと思いました。調べてみると Barkley の教授との事で、教育者という肩書きが、模範演奏の明瞭さに、直結しているように感じます。
 Warwick の6弦ベースを用いており、模範演奏の音は、モロに Warwick です。笑

模範演奏の音源について

 全ての音源は、アンサンブルによるものです。ベース以外のパートについては、打込みの場合と、生演奏の場合とが、混在しています。各曲でアンサンブルの雰囲気が異なっており、「教則本における模範演奏の音源」としては、相当に手間が掛かっている部類です。
 音源は全て、ベースは右チャンネル、コード楽器等は左チャンネル、パーカッション(※ドラム含む)はステレオです。よって、右チャンネルを消した場合、音源に合わせて練習する事が出来ます。ただし右チャンネルを消した場合、パーカッションの一部も消えてしまうため、そこがマイナス・ポイントです。

圧倒的ヴォリュームの Tumbaoと、「いきなり応用」の Brazilian

 全268ページの本書において、Section 1 の Tumbao セクションだけで、計105ページが割かれています。驚異的なヴォリュームです。基礎の基礎から始まり、徐々に発展的な内容を扱っていきます。丁寧に取り組む事で、確実なレベルアップが図れる構成です。
 一方、Brazilian セクションに割かれているのは計44ページです。内容は「いきなり応用」で、基礎的な練習曲は、用意されていません。
 また、Tumbao セクションでは「クラーヴェとベース・ラインの関係」が詳述される一方、Brazilian セクションでは、「どのようなパーカッション・リズム・パターンが、ベース・ラインの土台となっているか」への言及が、全く有りません。
 よって、Brazilian を中心に学びたい学習者は、他の教則本を用いて、「 Brazilian スタイルの基礎的な情報」を、きちんと補う必要が有るでしょう。
 とは言え、本書の Brazilian セクションにおける Oscar の模範演奏は、鬼気迫る内容で、凄まじいです。そのトランスクライヴ譜の入手が出来るのだから、これは非常に美味しい。すなわち、ベーシストが Brazilian スタイルを学ぶにあたり、本書が貴重な情報源の1つである事は、疑い得ません。

総評

 「ラテン・リズム」というカテゴリーにおいて、Afro-Cuban と Brazilian が二大巨頭です。そして本書は、どちらのリズムの学習者にも、大いに役立つ内容と考えます。ただし、Brazilian 中心に学びたい読者は、他の教則本で、基本的な情報を補う必要があります。
 何にせよ、主著者 Oscar Stagnaro による模範演奏が、大変に素晴らしいです。Afro-Cuban の学習者にも、Brazilian の学習者にも、重要な教則本と言えるでしょう。

【教則本レビュー】Inside the Brazilian Rhythm Section

概要紹介

 本書は、8種類のブラジリアン・リズム・スタイルを主題とする、練習曲集です。各リズム・スタイルに1曲ずつ、全8曲の練習曲が用意されています。取り扱われる楽器は、ピアノ、ギター、ベース、ドラムです。
 付属 CD には、ブラジル音楽のトップ・ミュージシャンによる模範演奏が収録されており、これが圧倒的なクオリティです。8曲それぞれに、「アンサンブルによる模範演奏」と、「そのマイナス・ワン音源」とが、用意されています。この「模範演奏」と「マイナス・ワン音源」が、本書で最も重要な役割を持っています。
 各練習曲には、以下が用意されています。すなわち、①その曲で取扱うリズム・スタイルの概説(一般的な知識、基本リズム)、②リード・シート、③簡易版ベース譜と簡易版ドラム譜、④模範演奏に対するパート別の解説、そして、⑤その他の補足です。

基本情報

◾ 書名 : Inside the Brazilian Rhythm Section
◾ 著者 : Nelson Faria and Cliff Corman
◾ 出版社 : Sher Music Co.
◾ 出版年 : 2001年
◾ 日本語版 : 『 ピアノ, ギター, ベース, ドラムスのための ブラジリアン・リズム・セクション 』(エー・ティー・エヌ、2003年)

構成の中心は「練習曲」と「模範演奏」、ただし解説は少ない

 本レビューでは、本書を「練習曲集」と言い切り、また、「模範演奏」と「マイナス・ワン音源」が最も重要、と書きました。しかし、本書の前書きや、出版社の紹介文では、このような表現はされていません。「8種類のブラジリアン・リズム・スタイルを学ぶ事が出来る教則本」と紹介されています。この紹介について、個人的には、「本書の本質を分かり難くしていて、勿体無いなあ」、と思います。
 本書では、リズム・スタイルの概要説明(例:Samba とは何か)は最小限に留められています。また、「各リズム・スタイルにおける、各楽器の基礎的なアプローチ方法」には、言及されていません。「基礎的なアプローチ方法は、他の教則本から情報を得てね」という事です。
 また、練習曲のハーモニー(コード進行)に関する解説も、有りません。蛇足ですが、ブラジル音楽のコード進行は、ジャズよりも難しい事が有ります。
 一方、模範演奏の解説に紙面が割かれているため、読者は、「この解説の読解を通じて、レベルアップを図れるだろう」と期待します。ところが、この解説、非常に大雑把なのです。例として、自分がベーシストなので、ベースに関する情報の記載ぶりを、紹介します。まず、練習曲の簡易版ベース譜は、キメや基本リズムが示されているだけです。次に、模範演奏の解説も、「特定箇所の音を大雑把に採った譜面」(※誤りが多い笑)と、「その譜面に対する簡単なコメント」が掲載されているだけです。よって、「模範演奏から本格的に学びたいのであれば、自分で音採りをしてね」という事です。
 言い切ってしまえば、解説的な記述は、殆ど「オマケ」です。繰り返しになりますが、本書の本体は、「練習曲」と「模範演奏」と「マイナス・ワン音源」なのです。「教則 CD が本体で、リード・シートと簡易解説が載った書籍が付属する」と考えると、分かりやすいかもしれません。
 そして、それで良いのです。「高品質な練習曲を用いた、凄まじい模範演奏」こそが、この教則本の本質である、という事を理解すれば、活用方法が分かります。

真摯に作られた練習曲

 「教則本の練習曲」というと、チープで「やっつけ仕事」感の漂うものが多いですが、本書の練習曲は、全く違います。「一流の作曲家が真摯に作った音楽」である事が伝わってくる、素晴らしい内容です。

圧倒的な模範演奏

 笑ってしまうぐらい、凄いです。「いわゆる模範演奏」的な「抑えた演奏(分かりやすい演奏)」ではなく、トップ・ミュージシャンが惜しみなく技術を投入しています。
 ベーシスト目線で言えば、ダブル・ベースの David Finck によるアーティキュレーション・コントロールが、圧巻!! 16分音符~32分音符という単位でコントロールされたシンコペーション、音の切り方、開放弦のプリング・オフによるアクセント、とにかく凄まじいです。「これは丁寧にコピーしたい!」と思わされる演奏内容で、いま現在(2018年3月29日)、精密な採譜に取り組んでいます。
 そして、「この模範演奏のマイナス・ワン音源で練習が出来る!」というのは、素晴らしいモチベーションになります。既述のように曲も素晴らしいので、長く付き合える練習素材だと思います。

活用方法

 「マイナス・ワン音源を練習素材として用いる」のは当然ですが、模範演奏には「何度も聴き込んで、丁寧に採譜する」だけの価値があります。「模範演奏の内容を、マイナス・ワン音源に合わせて演奏する」事が出来たら、恐ろしくレベルアップが図れたと言えるでしょう。
 付属 CD は、楽しんで聴く事が出来ます。各楽器のマイナス・ワン音源は、「この楽器が抜けると、このように変わる( ⇒ つまり、こんな役割を担っている)」という情報を提供してくれますので、例えば移動中に楽しんで聴いているだけで、「各リズム・スタイルにおける、各楽器の役割」を理解する事が出来ます。

総評

 ブラジル音楽を演奏する事に関心が有り、「ブラジリアン・リズムを主題とする、高品質な練習曲(全8曲)」と、「トップ・ミュージシャンによるガチンコの模範演奏(マイナス・ワン音源付き)」に価値を感じる人には、「買い」でしょう。
 解説的な記述が薄い点について、物足りなくも感じますが、複数楽器の情報を1冊にまとめている事を考慮すると、ある程度は仕方が無いかな、とも思います。解説を充実させるとなると、恐らく、楽器別に刊を分ける必要が生じます。「本来は複数のパーカッションで表現する基本リズムを、ギターやベース等で分担して表現する」というブラジリアン・リズムの特色を鑑みると、本書は、「各楽器の情報が1冊にまとまっている」点に、価値があります。
 「模範演奏から真剣に学びたければ、自力での採譜が必須」という点については、「この圧倒的な模範演奏なら、仕方が無い」と思えます。これを採譜していたら、その作業コストで、本書の値段は跳ね上がっていたでしょう。「そもそも、各パート、用意した譜面を演奏させれば良いのでは?」という意見もあるでしょうが、「 "そのトップ・ミュージシャンだからこそ" の技術が惜しみなく投入された模範演奏」と「そのマイナス・ワン音源」だから、本書の音源には価値があるのです。